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長崎地方裁判所佐世保支部 昭和42年(ワ)53号 判決 1968年11月18日

原告 前川貞美

被告 国

右代表者法務大臣 赤間文三

右指定代理人 上野国夫

<ほか四名>

主文

被告は原告に対し金五三二、九三〇円を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その一は原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

この判決の第一項は、原告において金一〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告は「被告は原告に対し金一、四五〇、八四三円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、請求の原因並びに被告の主張に対する答弁として次のとおり述べた。

一、原告は昭和三九年一月六日訴外日興土地株式会社(以下日興土地という)に対し金一、二五〇、〇〇〇円を弁済期昭和四〇年二月末日、利息は年一割五分の利率により毎月末払、遅延損害金年三割、日興土地が契約に違反したときは期限の利益を喪失することを約して貸渡し、同日日興土地と同会社所有の別紙第一物件目録記載の土地(以下本件土地という)につき右債権を担保するための抵当権設定契約を締結し、即日長崎地方法務局同日受付第二九号をもって右抵当権設定登記がなされた。

二、長崎地方裁判所は昭和三九年四月二四日訴外浅井信一の不動産強制競売申立(同庁昭和三九年(ヌ)第二〇号)に基いて本件土地につき競売手続開始決定をなし、その最低競売価額を鑑定人の評価に基づいて金六〇〇、〇〇〇円と定めたが、買受人がなかったため逐次右価額を低減した上同年九月二八日金二八〇、〇〇〇円で競落した訴外宮崎一章に対し競落許可決定をなし、同年一一月一三日右競落を原因として同人に対する所有権移転登記が経由された。

三、しかしながら、当時本件土地には前記のように原告の抵当権設定登記がなされており、前記最低競売価額をもっては右負担を弁済して剰余のないことは明らかであったから、長崎地方裁判所は民事訴訟法(以下民訴法と略称する)第六四九条第一項、第六五六条に従い、訴外浅井に対しその旨通知し、同人が同法第六五六条第二項の申立をなし十分な保証を立てない限り競売手続を取消すべきであったにもかかわらず、原告の抵当権設定登記の存在を看過し、右手続も履践しないまま競落許可決定をなし、右決定はその頃確定した結果原告の右抵当権設定登記は抹消されるに至った。

四、右は担当裁判官の職務を行うについての過失というべきであり、原告はこれによって次のとおりの損害を蒙った。

五、原告は日興土地から被担保債権の弁済を全然受けていないが、昭和三九年一一月二〇日頃本件執行債権者訴外浅井から配当金全額二五九、〇七〇円の支払を受け、これを利息および遅延損害金の支払に充当したから、これを控除した額が残存債権額となるところ、本件土地の時価は金一、四五〇、八四三円であり、右残存債権額のうち、右本件土地の時価に相当する額が原告の蒙った損害である。

六、よって原告は被告に対し右損害金一、四五〇、八四三円の支払を求める。

七、被告主張事実のうち、原告が日興土地に対する貸金債権の担保として別紙第二物件目録記載の土地についても共同担保を得ていることは認めるがこれはいずれも第二順位である。その余は全て争う。

被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因に対する答弁および被告の主張として次のとおり述べた。

一、原告主張の請求原因事実のうち、本件土地につき原告主張の抵当権設定登記がなされたこと、長崎地方裁判所が原告主張の強制競売手続において右抵当権設定登記の存在を看過し、民訴法第六四九条第一項、第六五六条の規定を遵守しなかったこと、右競売手続における当初の評価額ならびに最低競売価額が金六〇〇、〇〇〇円であったこと、訴外宮崎が本件土地を金二八〇、〇〇〇円で競落し、これに基いて競落許可決定がなされ、これが確定して原告の抵当権設定登記が抹消されたこと、原告が訴外浅井から金二五九、〇七〇円を受領したことはいずれも認めるが、その余は争う。

二、本件強制競売手続には民訴法第六五六条違背の事実はあるが、次の理由によってその瑕疵は治癒されているので、国家賠償法第一条第一項に該当しない。

(一)  執行裁判所が民訴法第六五六条の規定に違背して執行手続を続行するときは、利害関係人は同法第五四四条により執行方法に関し異議を申立て又は同法第六七二条に基き競落の許可につき異議を述べたり、同法第六八〇条により即時抗告をなすことによって瑕疵の是正を求めることができるところ、原告は同法第六五八条第七号により公告された競落期日に出頭して異議を述べず、同法第六七九条第二項により公告された競落許可決定に対し即時抗告もなさず、利害関係人に執行法上付与された権利を行使することなく、競落許可決定を確定させたのであるから、もはや当該手続の違法を問うことはできず、本件強制競売手続の瑕疵は治癒され、適法に完結したものというべきである。

(二)  もっとも、競落期日並びに競落許可決定は公告されて原告も了知し得る状態にあったとはいえ、現実には知り得なかったかも知れない。しかし、仮にそうであったとしても、原告は本件競売申立物件の内一部物件について昭和三八年(ケ)第一三八号事件に記録添付の扱いがなされた際、その旨の通知を昭和三九年五月八日頃受領し、本件競売事件の係属を了知しているので、その後は本件強制競売手続の進行状況につき特別の関心を持ち、随時裁判所に対して照会をなすなど自己の権利保全の措置をとることができた筈である。

(三)  又、もし右事実を知り得なかったことについて過失がないとしても、原告は遅くとも昭和三九年一一月二〇日頃、執行債権者訴外浅井から同人の受領した配当金の内金二五九、〇七〇円の還付を受けたのであるから、その日には本件競落許可決定がなされたことを知ったものであり、以後一週間内に即時抗告をして訴訟行為を追完し、もって執行手続の是正を求めることができたのにこれをなさず、訴外浅井からの右金員返還に応じたのは、もはや執行手続の違法を責問する権利を放棄したものであり、本件執行手続の違法を主張するのは信義則上許されないものというべく、したがって本件執行手続の続行をもって違法な公権力の行使があったとはいえない。

三、仮に本件執行手続の違法が治癒されないとしても、原告には前記のような権利保全手続を怠った過失があるから、過失相殺を主張する。

四、原告の蒙った損害額は未確定である。原告は本件土地以外にも別紙第二物件目録記載の物件につき共同担保を有しているので、それらの抵当権実行により被担保債権の回収を図る途が残されており、これらが終了し、債務者の責任財産の処分も終了した時点において、なお債権が回収されなかったときにはじめて原告の損害額が確定すると考えるべきである。

五、原告は何ら損害を蒙っていない。不動産の執行手続において民訴法第六五五条(昭和四一年改正前)により鑑定人に評価させ、これを最低競落価額とするのは、動産に比して重要な財産である不動産を不当に廉価に処分することにより、当事者の不測の損害を蒙らせないようにする趣旨であるから、評価額すなわち最低競売価額は競売にあたっての一応の目安であって、必らずしも時価を示すものではない。それ故にこそ裁判所は新競売において最低競売価額を低減すべきものとされ(同法第六七〇条)、又最高価競買人をもって競落人と定めるのであって、むしろ不特定多数人間の公正な競買申出の中から生れた最高価競買価額こそその不動産の適正な時価とみるべきである。かく解するとき、本件土地は結局時価をもって売却され、その売得金は原告の取得するところとなったのであるから、原告には何ら損害は発生しなかったというべきである。

≪証拠関係省略≫

理由

一、原告が日興土地に対しその主張のように金一、二五〇、〇〇〇円を貸付けたことは原告本人尋問の結果によってこれを認めることができ、反対の証拠はない。そして、右債権担保のため本件土地につき原告主張の抵当権設定登記がなされたこと、原告主張の強制競売手続における本件土地の当初の評価額ならびに最低競売価額が金六〇〇、〇〇〇円であったにもかかわらず、執行裁判所たる長崎地方裁判所が前記原告の抵当権設定登記の存在を看過し、民訴法第六四九条第一項、第六五六条の規定を遵守しないまま手続を進行せしめた結果、右競売手続における訴外宮崎が本件土地を金二八〇、〇〇〇円で競落し、同人に対して競落許可決定がなされ、これが確定して原告の抵当権設定登記が抹消されたこと、原告が右競売手続の申立債権者たる訴外浅井から配当金相当額の金二五九、〇七〇円を受領したことはいずれも当事者間に争いがない。

二、以上の事実によると、長崎地方裁判所担当裁判官の職務上の過失によって原告の抵当権が違法に侵害されたことは明らかであり、国は原告に生じた損害を賠償する責任があるといわねばならない。

もっとも、これにつき被告は、左の諸点をあげて本件執行手続の瑕疵が治癒されたと主張し、また少なくとも原告に過失があったとして過失相殺を主張するので以下順次判断する。

(一)、原告が本件強制競売手続において異議申立や即時抗告の権利を行使しなかった点について。

原告がこれらの不服申立権を行使しなかったことは証拠上明らかであるが、原告本人尋問の結果によれば、本件土地が競売された事実を原告が了知したのは既に競落許可決定が確定し競売手続が完了した後であって、それ以前に異議あるいは即時抗告によって手続の是正を求める機会は事実上与えられていなかったことが認められる。たとえ競落期日の公告が適法になされていたとしても、原告がそれによって競売手続の進行を了知すべきであったとはいえない。してみれば、原告が各種の不服申立権を行使しなかったからといって、瑕疵が治癒されたとか原告に過失があるということはできない。

(二)、原告が昭和三八年(ケ)第一三八号事件への記録添付の通知を受けながら、裁判所に照会するなどの措置をとらなかった点について。

≪証拠省略≫によると、右の通知が昭和三九年五月上旬頃原告に対してなされた事実が窺われるが、右の簡単な通知書自体からは本件土地につき競売手続が進行している事実を知ることはできないし、後記のとおり原告が他の多数の土地にも共同担保を有していたことその他諸般の事情に照すと、原告が手続の詳細につき執行裁判所に照会するなどの措置をとらなかったからといって瑕疵が治癒されるとか原告自身に過失があるとはいえない。

(三)、原告が本件土地につき競落許可決定がなされた事実を知った後一週間以内に即時抗告を追完しなかった点について。

原告が右追完をしなかった事実は明らかであるが、訴訟行為の追完というような例外的な法律的手続を法律にくらい原告に期待するのは難きを強いるものであり、原告がこれをしなかったからといって瑕疵が治癒されあるいは原告に過失があるとすることはできない。なお、原告が訴外浅井から配当金の還付を受けた事実をもって手続の瑕疵を責問する権利を放棄したものということもできない。

三、次に、原告が日興土地に対する前記貸金債権の担保として、本件土地のほか日興土地所有の別紙第二物件目録記載の一四筆の土地に抵当権の設定を受けたことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を綜合すれば、そのうち第一順位のものは本件土地のみで、その余の土地についてはすべて先順位の抵当権が存在すること、右各共同担保物件につき昭和四三年五月現在の時価と先順位抵当権の被担保債権額を比較すると後者は前者の約五倍から千倍以上に達し、全部を同時に競売すると仮定してもこれらの共同担保物件から原告の債権を回収する見込はないこと、原告は今日に至るも日興土地から前記債権元利金の返済を全く受けておらず、日興土地には返済の能力もないことが認められる。そうであれば原告は、本件土地に対する第一順位の抵当権が前記違法な強制競売手続により消滅せしめられた結果として、原告が本件土地の抵当権の実行により本来回収しえたであろう債権額に相当する損害をこうむったものということができる。

被告は、前記共同担保物件について抵当権が実行されないかぎり原告の損害は未確定であると主張するが、原告が右共同担保物件から債権を回収できる見込がないこと前示のとおりである以上敢て無益な抵当権実行手続をふむまでもなく、原告の損害は確実なものとしてその賠償を求め得ると解するのが相当である(大審院昭和七年五月二七日判決参照)。

ところで≪証拠省略≫によれば、原告が本件土地に抵当権設定登記を得る前にその地上に土地所有者日興土地において建物を建設してその保存登記をなしたうえ、訴外長崎不動産株式会社のために抵当権設定登記をなし、同会社は昭和三九年三月三一日右抵当権を実行して右建物を競落し、その後訴外堤官一にこれを譲渡していることが認められるから、原告が本件土地について取得した抵当権には建物所有のための法定地上権が潜在的に付着していたものというべく、右事情を斟酌して本件土地を評価し原告の損害を算定すべきである。鑑定人今泉金一の鑑定の結果(第二回)によれば、右事情を斟酌した場合の本件土地の昭和三九年五月当時の時価は金五〇一、六〇〇円、昭和四三年九月当時の時価は金七九二、〇〇〇円と認められ、近年における地価の顕著な上昇傾向からみて右程度の上昇は昭和三九年五月当時既に予見できたものというべきである。元来原告としては最も有利な時期に抵当権を実行する自由を有したわけであるし、昭和四三年九月以前に原告によって又は他の後順位抵当権者が出現し同人によって競売申立がなされたであろうと推認するだけの根拠もないから、原告は本件強制競売手続により抵当権を喪失しなかったとすれば、少なくとも右昭和四三年九月の時価相当額までは自己の債権を回収できたものと認められる。してみると、原告が金二五九、〇七〇円を訴外浅井から受領していることは前示のとおりであるから、金七九二、〇〇〇円から右金額を控除した金五三二、九三〇円が原告の残存損害というべきである。

原告は証人荒木豊の証言により成立を認める甲第一号証の鑑定書に依拠して本件土地の時価が一、四五〇、八四三円であると主張するが、右鑑定が本件土地を更地として評価したものであることは同証言および甲第一号証の記載自体から明らかであるところ、本件土地の現況が昭和三九年五月当時から現在まで終始更地でなかったことは前示のとおりであるから、右原告の主張は採用できない。

一方被告は、本件土地は適正な時価をもって公正に競売されたもので、その売得金は結局原告の取得するところとなったのであるから、原告にはなんら損害は発生していないと主張する。しかし、競売において形成される価額が現実に必ずしも適正な時価を反映していないことは顕著な事実であり、本件においても前記今泉鑑定書にてらすと宮崎一章の競落価額二八〇、〇〇〇円は適正価額を大幅に下まわるものであったと認められる。元来原告は、本件土地の値上りを待って競売することができたのみならず、仮にこれが競売されるにしても、時価より低く競落されるおそれのある場合は他に適当な競買人を探すとか、自から競落するなどの方法で債権の回収をはかることができたのに、これらの機会をすべて奪われたのであるから、たとえ原告が後日売得金を取得したからといって損害が発生していないとはいえない。よって被告の主張は採用できない。

四、以上の次第であるから、原告の本訴請求のうち、金五三二、九三〇円の支払を求める部分はこれを正当として認容し、その余の部分は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第九二条本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤野岩雄 裁判官 楠本安雄 梶本俊明)

<以下省略>

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